イタリア料理ほんやく三昧: グリッシーニ

2012年9月3日月曜日

グリッシーニ

『IL LIBRO DEL PANE』から、イタリア各州のパンを紹介していますが、今日はピエモンテ。
グリッシーニgrisssiniです。

ミラノの有名店、リストランテ・クラッコのグリッシーニ。
グリッシーニ専用皿が超おされ。
 ↓
Grissini


白くて柔らかいクラムの部分が全くなくて、硬い皮だけの棒状のパン、グリッシーニ。
このパンがこんな形になったのには、諸説あるようですが、本では有名なのを2つ紹介しています。

まず1つは、グリッシーニは、1676年(75年という説もあります)、サヴォイア家御用達のパン職人で、トリノのランツォ村出身のアントニオ・ブルネーロが、当時10歳で胃腸が弱くて病弱で、パンのクラムが食べられなくなったサヴォイア家のお坊ちゃま、ヴィットリオ・アメデオ2世のために、医者の処方に基づいて、消化が良くて食べやすいパンとして考え出したんだとか。

別の説では、14世紀に起こった大飢饉の際に、財政難からパンがどんどん小さくなり、とうとうみじめな棒状にまで細くなっちゃったー。
という説。


何とグリッシーニの誕生にまつわる再現ドラマがありました。
  ↓



パン屋の発明を医者が横取りしたいうオチですねー。
お坊ちゃまは、グリッシーニのおかげで立派に成長して、後にサルデーニャ王国の王様になるなど、絶大な権力を握ったそうです。
この動画では、グリッシーニの前身はトリノ県キエーリのルバタというパンとされています。
ちなみにルバタとは“落ちた”という意味。
パン職人が、切り落としたパン生地の端を腕で転がしながら台から床へ落としていたからなんだそうです。


うーん、どっちの説を取りますか?
有力なのは前者ですが、実際にはパン職人が地元でいつも作っているパンにちょっと手を加えただけだったかもしれないけど、時の権力者で、のちにはイタリアの国王となる一族の名前が出てきちゃうと、誰だって、無名の町のパン、とするより、王様がらみのドラマチックな説を採用しちゃいますよねー。


とにかくのちの王様の大好物となったグリッシーニですが、食べ物には無頓着だったというナポレオンも、グリッシーニがお気に入りで、“トリノのバストンチーニ”(トリノの棒)と呼んでいたそうです。

グリッシーニのリチェッタ
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