2014年5月8日木曜日

ファッロの歴史

ガルファニャーナのファッロがIGP(保護指定地域表示)に認定されたのは1996年のこと。
古代ローマ人の主食だった割には、日の目を浴びたのはほんの20年前なんですね。
古代ローマで食べられていたということは、その伝統はラツィオ料理に取り込まれているはず。
また、ガルファニャーナはトスカーナにあるので、ガルファニャーナのファッロをつかった伝統料理は、トスカーナ料理がルーツ。
でも、ファッロ自体は中央イタリアの各地で栽培されているので、各州に伝統料理があります。
というわけで、ファッロ料理はどこ地方の料理とは、限定しにくいです。
それをふまえて、ファッロットのリチェッタの話です。

まずはガルファニャーナのファッロの管理組合のwebページのものを。

ちなみに、このページには、穀物がイタリアで栽培されてきた歴史の説明があります。
小麦の歴史は人類の文明の歴史でもあって、とても興味深いです。

でも、それを読む前に、ファッロには、大、中、小の3種類があることを知っておかないと。
学名にスペルトという名前がいているのはファッロ(大)です。
3つのファッロの穂の写真

よく、ファッロはもっとも古い穀物と言われますが、 それは、一番小さいファッロのことです。
イタリアでは、紀元前4300年に、クレモナの近くで栽培されていた痕跡が残っています。
新石器時代の最も重要な穀物が、この、ファッロ(小)でした。
ファッロ(小)は1つの穂に花が2個ついて、熟すのは1個だけ。
次に普及していたのが、花が3つついて2個熟す(つまり歩留まりが良い)ファッロ(中)、オルゾの順。
新石器時代後期、ファッロの栽培はアルプス全域に広まります。
ローマ時代になると、重要度はオルゾ、ファッロ(中)、ファッロ(大)、ファッロ(小)の順へと変化します。
結局、ファッロ(小)は、他の穀物が育たない荒地でのみ栽培されるようになりました。

ファッロ(小)は1粒小麦、ファッロ(中)は2粒小麦、またはエンマー小麦、ファッロ(大)はスペルト小麦
と言います。
デュラム小麦は2粒系だそうで。

で、ガルファニャーナのファッロは、ファッロ(中)の系統です。

ファッロ(小)の原産地は、パレスチナと考えられています。
レバノンやリビアなど中東や北アフリカでは、今でも、ファッロが普及しています。
タブレもファッロ製品。
 ↓



小麦を専門的に研究すると、ファッロがどの小麦を指すのかあいまいで分からない、という疑問が生まれるようですが、ここでいうファッロは、学名Triticum dicoccum Schrank、つまり2粒小麦のことです。
なのであえて厳密に言うと、スペルト小麦じゃないですね。

リチェッタを調べようと思ったのに、ファッロの歴史の話になっちゃいました。
では、また。



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バッカラはノルウェーとイタリアを結ぶ干物貿易の主役で、この航路は1450年作成の世界地図にも記載されるほど重要でした。

(CIR12月号)によると、ヴィチェンツァでは、この料理はCが1つなんだそうです。普通はバッカラはbaccalàでも、ヴィツェンツァでは、Cがひとつのバカラ。んなばかな、と思ったけど、地元のこの料理の専門家たちは、C一つで呼んでました。会の名前の刺繍もC一つ。リチェッタはP.11...