2011年11月29日火曜日

クラテッロ

バッサ・パルメンセ地方の話の続きです。

エミリア・ロマーニャ州パルマ県北部の、ポー河南岸の平地、バッサ・パルメンセ。

パルマと言えば生ハムが有名。
ところが、バッサ・パルメンセ地方はポー河があるため、パルマの中でも独特な気候(多湿、霧)と地形(低地、平野)です。
そのため、DOPの生ハムの産地には含まれていません。

つまり、バッサ・パルメンセで生ハムを作っても、プロッシュット・ディ・パルマDOPと名乗ることはできないわけです。

ちなみに、パルマのもう一つの名物、パルミジャーノ・レッジャーノは、パルマ県全体がDOPパルミジャーノの産地なので、バッサ・パルメンセでも作っています。
ポー河のおかげで牧草が豊富に生え、それを餌にして牛を育て、牛乳からパルミジャーノを作ったら、その残りで豚を育てる、というサイクルです。


皮肉なことに、生ハムの産地に入れてもらえなかったバッサ・パルメンセの名産品は、サルーミの王様と言われるクラテッロです。

サルーミとは、生ハムやサラミなどの総称。
その王様ということは、生ハムもサラミも全部ひっくるめて、その頂点に君臨するもの、ということ。
すごいですねえ。


クラテッロもパルマの生ハムも、豚のもも肉を塩漬けして熟成させたものです。
いったい、サルーミの王様と生ハムは、どこが違うのでしょうか。


CULATELLO DI ZIBELLO D.O.P. CON MOSTARDA DI FICHI
モデナのホテル・リアル・フィーニのクラテッロ・ディ・ジベッロDOPといちじくのモスタルダ



Buonissimo, sehr gut, Yummy
スイスの家庭のパルマの生ハムとメロン



↓まずは生ハムはどうやって作るのかを、プロッシュット・ディ・パルマDOP管理組合のPVで確認してみましょうか。




一番最初に、
「パルマの生ハムの生産地区の境界は正確に決まっていて、北限はエミリア街道から5km南です。
それは、ポー河の霧と湿気から十分に離れるためなのです」
と、地図まで示してきっぱりと言っています。



↓そしてこちらがクラテッロ。




生ハムは骨付きなのに対して、クラテッロは骨を外した肉のみ。
さらに、クラテッロは肉を豚の膀胱で包みます。


↓こちらもクラテッロの作り方を説明している動画ですが、アメリカ人向け(?)のせいか、目の付け所が少し違います。
英語です。




クラテッロのことを、「世界で一番高価なハム」と紹介しています。
また、「生ハムもほぼ同じ作り方だが、需要に答えて大量生産しているし、熟成期間も短いので、値段が安く、スーパーでも売っている」と、かなり歯に衣着せない言い方。

クラテッロ・ディ・ジベッロDOPの熟成期間は10か月から18か月程度で、平均14か月。
大きさが違うので単純には比べられませんか、プロッシュット・ディ・パルマDOPとそれほど違いません。

やはり最大の違いは、霧に包まれながら熟成する点。

そのあたりの話は次回に。



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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2008年5月号
“バッサ・パルメンセ地方”の解説は、「総合解説」'08&'09年5月号に載っています。

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2011年11月24日木曜日

バッサ・パルメンセ

今日はバッサ・パルメンセ地方の話。
『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の記事の解説です。


バッサ・パルメンセBssa Parmense。

あまり聞きなれない名前ですよね。
でも、クラテッロの産地に行ってみたいと思っている人なら、知っておいたほうがよい名前です。

バッサは「低い」という意味で、パルメンセは「パルマの」という意味。
つまり、パルマ県の中で一番標高の低い地域、という意味です。

パルマ県の地形は、はっきりと3つに分かれています。
一番北が平地でもっとも低く、中間は丘陵地帯、そして南は山地。
この3つの中でもっとも低い平地のことを、バッサ・パルメンセと呼びます。

パルマ県の地図

具体的には、パルマ県北部の、ポー河とエミリア街道にはさまれた部分がバッサ・パルメンセです。
上の地図でいうと、一番上の水色の線がポー河で、その下のまっすぐな緑色の線がエミリア街道。
この2つに挟まれた地区です。


101212_01_Il Po
バッサ・パルメンセのポー河



バッサ・パルメンセの中でも最も低い河沿いは、たびたび洪水に見舞われています。
さらに、河に近い地区ほど湿気が多く、冬は霧に覆われます。

『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の記事にもある通り、
「バッサ・パルメンセに君臨するのはポー河で、気候も、歴史も、苦しみも、豊かさも、すべてポー河によってもたらされてきた」訳です。


↓ポー河周辺の霧







そして、このバッサ・パルメンセを代表する産物が、クラテッロculatello


クラテッロ・ディ・ジベッロCulatello di ZibelloはDOP製品です。

クラテッロは、豚のもも肉を塩漬けにして熟成させたもので、いわば生ハム。
でも、プロッシュットとは呼びません。

そもそも、パルマと言えば、イタリアを代表する生ハム、プロッシュット・ディ・パルマprosciutto di Parmaの産地。

ところが、パルマの生ハムの生産地区には、こんな決まりがあります。

「エミリア街道より最低5km南に離れていること」

つまり、エミリア街道より北にあるバッサ・パルメンサは、丸ごと全部、プロッシュット・ディ・パルマの生産地区から除外されているのです。

パルマの生ハムの生産地区


これはおそらく、ポー河の霧のせいだろうと想像はつくのですが、ここまではっきり分けられると、まるであからさまないじめみたいですねえ。

クラテッロの話は次回に。


実は、『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の記事では、バッサ・パルメンセを象徴する人物として、“ペッポーネPeppone”と“ドン・カミッロDon Camillo”という二人を紹介しています。
この二人のことを説明すると長くなるので、「総合解説」には載せませんでした。

なのでここで、少し解説。


ペッポーネとドン・カミッロは、バッサ・パルメンセ出身でイタリアを代表する作家、ジョヴァンニーノ・グアレスキGiovannino Guareschi(1908-1968)の作り出した人物です。

二人はバッサ・パルメンセのある町の、町長と司祭。
ペッポーネが町長で、ドン・カミッロが司祭です。
幼馴染ですが、政治的信条が正反対で、町も真っ二つに分かれて大騒動。
けれど、人のつながりは政治とは別のもの。
そんなテーマが、笑いと人情に包まれて語られます。

イタリアでは、ドン・カミッロとペッポーネと言えば、敵で友人、という関係の代名詞。
小説は大人気になり、1952年にはフランスと合作で映画化されました。
映画もヒットして続編が作られ、さらに1983年にはリメイクもされました。
日本でも『陽気なドン・カミロ』という名前で1953年に出版されています。
映画の撮影が行われたブレッシェッロという町には、ドン・カミッロの銅像も造られました。

小説も映画も、とても高く評価されています。
『陽気なドン・カミロ』と『ドン・カミロ頑張る』というタイトルで、日本語字幕付きフランス語版のDVDも出ています。


↓ドン・カミッロシリーズ4作目の一場面



鐘の中から出てきたのがペッポーネ。



↓現代版リメイクのオープニング。
オリジナルとはかなり違いますが、バッサ・パルメンセの雰囲気は伝わります。







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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2008年5月号
“バッサ・パルメンセ地方”の解説は、「総合解説」'08&'09年5月号に載っています。

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2011年11月21日月曜日

ピッカータ

今日はピカタの話。
『ガンベロ・ロッソ』の記事の解説です。

『ガンベロ・ロッソ』のロンバルディア特集で紹介されていた料理の中に、こんな一品がありました。

フリットゥーラ・ピッカータFrittura piccata。

日本風に言えば、“ピカタ”です。

そう言えば、イタリア料理だったんですねえ、ピカタって。
正確には、ロンバルディア州ミラノの伝統料理。


実はピカタは、イタリアより外国でのほうが、イタリア料理としての認知度が高い料理。

ミラノに40年以上住んでいるイタリア人が、「ドイツの結婚披露宴で、メニューにミラノ風ピッカータと書いてあったが、こんな名前の料理は、ミラノで見たことも食べたこともなかった」なんてネットで語っています。

イタリアの場合、ピカタのような肉の薄い切り身の料理は“スカロッピーネ”と呼ぶのが一般的なので、ピッカータもスカロッピーネと呼ばれているケースが多いのかもしれません。

フリットゥーラ・ピッカータの“フリットゥーラ”は、揚げるというより、バターで焼くことを意味しています。


そもそも、イタリアのピッカータは、日本で知られているピカタとは違って卵を使いません。
というか、日本以外ではピカタ(英語ではピカータ)は卵で覆わないほうが一般的。


Scaloppine Piccata
サンフランシスコのイタリア料理店のピッカータ



『Grande enciclopedia illustrata della gastronomia』によると、オリジナルのミラノのピッカータのリチェッタは次のようなもの。

フリットゥーラ・ピッカータのマルサラ風味 Frittura piccata al Marsala

・子牛肉の切り身2人分で350gを軽く叩いて楕円形にし、縁に2~3か所切り込みを入れて縮まないようにする。
・ソテーパンでバター60gを赤くなるまで熱する。
・切り身に薄く小麦粉をつけ、バターで強火で片面1分ずつ焼く。
・塩をし、マルサラ・セッコ大さじ4をかけて片面3分ずつなじませる。
・その間にイタリアンパセリ一握りと潰したにんにくの薄切り1枚をみじん切りにし、肉が焼き上がる2分前に加える。バターが焦げないように揺すりながら片面1分ずつなじませる。
・肉を取り出して温めた皿に盛りつける。
・焼き汁を煮詰めて肉にかけ、白こしょうを散らす。サーブする直前にレモン汁1/2個分をかける。



オリジナルのピッカータはマルサラ入りでが、今では、マルサラを加えない“フリットゥーラ・ピッカータ・アル・リモーネFrittura piccata al limone”のほうが一般的。
その場合はマルサラの代わりにブロードをかけます。


卵で覆われたチキンピカタに慣れていると、ちょっと物足りないくらいシンプルです。
シンプルなだけに、アレンジもしやすい。
世界中に広まる過程で様々なバージョンが考え出されて、現在のインターナショナル料理としてのピカタができ上がったのでしょう。


動画“子牛のピッカータの白ワイン風味





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関連誌;『ガンベロ・ロッソ』2009年5月号
“ロンバルディアの伝統料理”の解説は、「総合解説」'08&'09年5月号に載っています。

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2011年11月17日木曜日

ボラのボッタルガ

ボッタルガの話を続けます。

恒例、ガンベロ・ロッソ誌が選ぶベスト10。
ボラのボッタルガの第一位に選ばれたのは、サルデーニャのコープ・ポンティスCoop Pontisの、カブラス産ボラの卵のボッタルガ。

これ

カブラス産のあかし、“ウンギア”が付いています。

コープ・ポンティスのwebページはこちら


ガンベロ・ロッソではこのボッタルガのことを、

「十字軍の騎士の強さとイギリスの領主のようなエレガントさを併せ持つ」

と形容しています。
いったいどんな味なのでしょうねえ。

コープ・ポンティスは、11軒の漁師が集まった協同組合で、カプラス湾の漁業権を持っています。


カブラスのボラは高く評価されますが、この潟のボラだけで、世界中のイタリア産ボッタルガの需要をまかなうことは不可能です。
コープ・ポンティスを始めとするたいていのボッタルガメーカーは、輸入物のボラの卵も使っています。


ガンベロ・ロッソが2位に選んだのも、輸入物のボラの卵を使ったボッタルガ。
サルデーニャのステファノ・ロッカStefano Roccaというメーカーです。

この会社は、webページ(こちら)で輸入物を使う理由をこう説明しています。

「現在、サルデーニャでのボッタルガの消費量は年間150トン。
ボラの卵はボラの重さの12~15%で、ボラの卵をボッタルガにすると、重さが40~50%減ります。
ということは、年間150トンのボッタルガを作るには、毎年2,300トンのメスのボラが必要です。
でも実際には、そんなことは不可能です」

確かに。


3位は、サルデーニャのボッタルガメーカーが1990年にローマで開業したサルデーニャ食材の店、ラ・ペオニアLa Peoniaのボッタルガ。

店のwebページはこちら


コープ・ポンティスとラ・ペオニアのwebページにボッタルガのリチェッタがあるので、いくつか訳してみました。


まずはコープ・ポンティスのスパゲッティ。

原文はこちら

ボッタルガのスパゲッティ Spaghetti alla bottarga
材料:4人分
 スパゲッティ・・350g
 ボラのボッタルガ・・60g
 にんにく・・1かけ(好みで)
 イタリアンパセリのみじん切り
 黒こしょう
 EVオリーブオイルと塩・・適量

・スパゲッティをゆでる。
・にんにくを半分に切ってフライパンにこすりつける。ここにオリーブオイルを入れて火にかける。
・油が熱くなったらボッタルガの2/3、イタリアンパセリのみじん切り、こしょうを加える。さらにレードル2杯のスパゲッティのゆで汁を加える。
・スパゲッティも加え、乾かないようにしながら強火で2~3分なじませる。
・皿に盛り付け、仕上げに残りのボッタルガを散らす。



原文には書いてありませんが、ボッタルガは多分おろしたもの。
仕上げ用は薄い小さなスライスでもいいですよね。


次はラ・ペオニアのリチェッタ。

ボッタルガバター Burro alla bottarga

・室温のバター250gとボラのボッタルガパウダー50gを混ぜる。
・少量ずつアルミホイルに包んで冷蔵庫で2日程度固める。



ボッタルガバターのカナッペ Sfizi alla bottarga

・トーストしたパンやクラッカーにボッタルガバターを塗る。
・ボッタルガの薄切り、種抜きオリーブ、小さく切ったアンチョビをのせる。



セロリのボッタルガ風味 Sedani alla bottarga

・セロリのくぼみにボッタルガバターを塗り、おろしたボッタルガを散らす。
・冷やしてサーブする。



ボッタルガのサラダ Insalata di bottarga

・セロリを薄く切り、薄く削ったボラのボッタルガをたっぷり加える。
・削ったグラナ・パダーノ少々も加え、EVオリーブオイルをかける。



トマトのボッタルガがけ Insalata rossa di bottarga

・ミニトマト(パキーノ)を4つに切り、削ったボラのボッタルガをたっぷり散らしてEVオリーブオイルをかける。





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関連誌;『ガンベロ・ロッソ』2009年5月号
“ボラのボッタルガ、ベスト10”と“マグロのボッタルガ、ベスト10”の解説は、「総合解説」'08&'09年5月号に載っています。

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2011年11月14日月曜日

ボッタルガ

今日はボッタルガbottargaの話。
『ガンベロ・ロッソ』の記事の解説です。

ボッタルガとは、ご存じの通り魚の卵巣を塩漬けして干したもの。

ボッタルガを最初に作ったのはフェニキア人、名前の語源はアラビア語で魚卵の塩漬けという意味のbatārikh、というのが有力な説。
代表的な産地はイタリアのサルデーニャや地中海沿岸の一部ですが、南米でも作られています。
また、サルデーニャ産のボッタルガと言っても、魚の原産地が必ずしもイタリアという訳ではありません。


↓ブラジル産のボラとボッタルガ






イタリア産のボラを使ったボッタルガは、そう大量には生産されていません。
国産ボラの中でも、サルデーニャのカブラスという潟で獲れたボラのボッタルガは最上品とみなされます。
原材料がカブラス産と明示されていないものは、輸入品のボラの卵巣を使った可能性大。
ただし品質的には、輸入品でも上質のものはカブラス産に引けを取りません。

カブラスのボッタルガには、“ウンギア”がついているものがあります。
ウンギアとは“爪”という意味ですが、実際には、2つの卵巣をつないでいる部分にかぶさっている、なすのヘタのような白い部分のこと。
卵巣を切り離す時に、卵巣の先端に続く皮や身の一部も一緒に切り取るとウンギアができます。
これは卵巣を傷付けずに取り出すための方法で、ウンギアが付いていると、伝統的な手法で作られたカブラスのボッタルガのあかし。


ウンギア付きボッタルガ



↓カブラスのボッタルガ。
04:33あたりを見ると、ウンギア付きの取り出し方がわかります。






マグロのボッタルガの場合は、“トンノ・ロッソtonno rosso”、つまりタイセイヨウクロマグロのものが最上品とされますが、これは数が少なく、実際にはほとんどが、“ピンナ・ジャッラpinna gialla”と呼ばれるキハダマグロの卵巣です。
ところが、そもそもキハダマグロは地中海では獲れません。


ボラやマグロだけでなく、ある程度大型の魚であれば、どんな魚の卵巣もボッタルガにすることができます。
比較的知られているのは、タラやスズキの一種のボッタルガ。

様々な魚の卵で作ったボッタルガ


この写真のボッタルガを作った人によると(webページはこちら)、手作りボッタルガの第一段階は、卵巣を岩塩で覆って重石をのせ、水分を出すこと。
塩が水でぬれたら新しい塩に換えながら、水分が出なくなるまで、数日から一週間程度塩漬けます。

次は乾燥。
昼間はガーゼで覆うなどの虫よけをして天日で干し、夜はキッチンペーパーに包んで板ではさんで型押しします。

釣った魚の卵巣をボッタルガにする時は、開いてみるまで卵があるかどうかわからないのが難点なんだそうです。


↓こちらは自家製のボラのボッタルガの作り方。





新鮮な卵巣を洗い、水1リットルにつき塩15gを加えた塩水に約1時間漬けます。
これを布の上に並べ、虫よけの網をかぶせて天日干し。
毎日裏返しながら4~6日乾燥させます。
重さが約40%減ったらでき上がり。
最後に油を塗って食品用の蝋で2~3回コーティング。
イタリアでは真空パックにしますが、そうすると一度開けたらそれきり。
でも蝋だと、使う分だけ蝋をはがせばいいので便利、と説明しています。
教えているのはユダヤ系の人。


ボッタルガの話、次回に続きます。



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関連誌;『ガンベロ・ロッソ』2009年5月号
“ボラのボッタルガ、ベスト10”と“マグロのボッタルガ、ベスト10”の解説は、「総合解説」'08&'09年5月号に載っています。

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2011年11月11日金曜日

ビステッカ

牛肉の話を続けます。

キアニーナは牛としても世界的に有名で、多くの国に輸出されて、地元品種との交配が行われました。
ブラジル、アルゼンチン、カナダ、オーストラリアといった牛肉大国が、こぞってキアニーナを輸入しています。

そもそも、キアニーナをここまで有名にしたのは、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナbistecca alla fiorentinaという料理。
この“ビステッカbistecca”という言葉は、19世紀後半にフィレンツェに大勢住んでいたイギリス人が使っていた英語、ビーフステーキbeefsteak(ビーフステイク)が語源、と言われています。
ただし、日本語のビフテキのようにフランス語のbifteck(ビフテック)が語源、という説もあります。

いずれにせよ、キアニーナは、世界中の人が認める美味しい肉であることは間違いありません。

日本では、牛肉は脂のサシのトロトロの美味しさがもてはやされますが、そのせいか、初めてキアニーナのフィオレンティーナを食べると、赤身でも十分に柔らかくて味が濃い、ということを知ってカルチャーショックを受け、新しい味覚に開眼する、というパターンが多いですよね。
小さな切り身を箸でつまんでポイと口に入れる民族と、分厚い塊をナイフでガシガシ切ってフォークでグサッと刺して食べる民族とでは、育んできた文化がこうも違うんですねえ。


↓1.4kgのフィオレンティーナ。





↓この人のモットーは、「to beef or not to beef」(笑)





↓キアニーナを飼育している農園のアグリトゥーリズモなら、こんな豪快な光景を見ることができます。






フィレンツェで誕生した“ビステッカ”という言葉は、やがてイタリア中で使われるようになりました。

ビステッカはフィオレンティーナだけではない、という訳で、フィオレンティーナ以外のイタリア風ビステッカのリチェッタを、ちょっとご紹介。

出典は『Grande enciclopedia illustrata della gastronomia』です。

ビステッカ・アッラッビアータ Bistecca all'arrabbiata

・フライパンで焼くので、ロースかランプの薄くカットした肉が向いている。
・2枚の場合、フライパンにEVオリーブオイル大さじ1、にんにく1~2かけ、赤唐辛子2片(または小2本)を熱し、にんにくに色がついたら取り除く。
・火を強め、油が十分に熱くなったら唐辛子も取り除いて肉を入れる。焦げ付かないようにすぐにフライパンをゆする。
・火を弱め、40秒焼く(厚さ1cmの肉の場合)。
・再び火を強め、肉を裏返して同様に焼く。
・仕上げに塩をする。



ビステッカ・アッラ・ピッツァイオーラ Bistecca alla pizzaiola

・厚さ2~3cmのリブロースかランプが理想的。
・完熟トマトを刻み、EVオリーブオイル、にんにく(肉1枚につき1かけ)、塩、こしょう(または赤唐辛子)で10分煮てソースにする。仕上げにドライオレガノ一つまみを加える。
・ソテーパンを熱してEVオリーブオイル少々を入れ、肉を強火で片面1分半ずつ焼く。
・肉に塩をし、ソースで覆う。
・火を弱め、途中で一度裏返しながら3分なじませる。




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関連誌;『ヴィエ・デル・グスト』2009年4月号
キアニーナを含む“ヴィテッローネ・ビアンコ”の記事は「総合解説」'08&'09年4月号に載っています。

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2011年11月7日月曜日

キアニーナとその仲間

今日は牛の話。

イタリアを代表するブランド牛と言えば、キアニーナChianina。

大昔から存在するイタリア在来種で(正確に言えば、世界中の牛の祖先、野生のオーロックスが新石器時代に家畜化されたものがルーツという説が有力)、2500年以上前のエトルリア人や古代ローマ人も、キアニーナを飼育していました。
ただし、本来は労働用の牛で、食用に飼育していた訳ではありません。

この牛は、トスカーナのヴァル・ディ・キアーナ地方が飼育の中心地。


↓キアニーナの品評会。





優勝した牛は、審判がお尻をぺしっと叩いて発表するんですねえ。


キアニーナ牛の外見の特徴は、その美しい白磁色。
ローマ時代は、この白さが神聖に見えて、神への生贄としても用いられました。
そういえば、日本には「黒毛和牛」はあっても「白毛和牛」はないですねえ。

キアニーナは他の牛より胴が太くて足が長く、世界一大きな牛なんだそうです。
ローマ軍は、この大きなキアニーナを力のシンボルとして凱旋パレードなどに使っていました。
ローマのフォロ・ロマーノのセプティミウス・セウェルスの凱旋門(紀元203年建造)に彫られたレリーフの中にも、キアニーナ牛があるのだそうです。


↓2007年に世界一背が高い牛としてギネスブックに載ったキアニーナのフィオリーノ号。
2m05cmです。






この大きさのせいで、キアニーナは他の牛より成長するのに時間がかかります。
解体した後の熟成にも時間がかかります。
その代わり、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナに代表されるように、大きくて赤身で柔らかくて味の濃い肉ができます。


キアニーナはIGP製品なので、熟成期間を含めて様々なことが法律で定められています。

このキアニーナと、あと2品種を加えた計3品種が、ヴィテッローネ・ビアンコ・デル・アッペンニーノ・チェントラーレVitellone Bianco dell'Appennino Centrale・IGPというブランド。

残りの2品種とは、マルキジャーナMarchigianaとロマニョーラRomagnola。


↓マルキジャーナの品評会。




キアニーナとよく似ていますねえ。
この牛の前身は、6世紀ごろイタリアに伝わったマルケの品種にキアニーナをかけ合わせて、もっと筋肉を発達させたもの。
19世紀半ばに生まれたこの品種に、さらに20世紀初め、ロマニョーラ種をかけ合わせて、農耕用に背を低くしたものが現在のマルキジャーナ。



↓そしてこちらはロマニョーラの品評会。





ロマニューラはキアニーナやマルキジャーナとは外見が少し違いますね。
これは、6世紀ごろ、中央~東ヨーロッパの草原から、ロンバルド族の侵入に伴ってイタリアに伝わった品種がルーツと考えられています。
白毛牛の中ではもっとも気候の変化に強く、放牧に向いているのだそうです。


IGPの規定では、出荷できるのはこれらの品種の12~24ヶ月齢の牛。
メスより脂肪分が少なくて肉が固いオスの場合、熟成は前半身が4日以上、後半身が10日以上。
普通は、0~4度、湿度85~90%で10~14日熟成させるのだそうです。
ちなみに、キアニーナのようなブランド肉でない場合は24~48時間。



キアニーナの話、次回に続きます。


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関連誌;『ヴィエ・デル・グスト』2009年4月号
“ヴィテッローネ・ビアンコ”の記事は「総合解説」'08&'09年4月号に載っています。

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2011年11月4日金曜日

黒トリュフのリチェッタ

トリュフの話の続きです。

今日は、黒トリュフの話。

黒トリュフと言えばフランス、特にペリゴール産。
そしてイタリアなら、ウンブリア州ペルージャ県のノルチャ産。

といったところが、世界的に知られる黒トリュフでしょうか。
でも、イタリアの黒トリュフは、ノルチャ産だけではありません。
実際、イタリアでは、ヴァッレ・ダオスタとフリウリ=ヴェネチア・ジューリア以外のすべての州で、何らかのトリュフが採れ、栽培されています。

特にネーロ・プレジャートに関しては、最近ではピエモンテ州が強力に売り出しています。


↓ノルチャで年に一度開かれる町を挙げてのイベント、“ネーロ・ノルチャ”。





毎年2月の週末に行われています。
来場者は約2万人。
トリュフだけでなく、生ハム、腸詰めなど、ノルチャやウンブリアの名物を満喫できます。
ノルチャは鉄道も通っていない標高600mの町。
気軽にぶらっと立ち寄る、という訳にもいきません。
どうせ行くなら、こんな機会にじっくり滞在してみたいもの。

ネーロ・ノルチャのwebページはこちら


↓ノルチャと同じペルージャ県の人口500人弱の町、スケッジーノでもトリュフ祭り、“ディアマンテ・ネーロ”を開催。
2011年3月の祭りでは、卵1000個、黒トリュフ30kgを使って世界最大のトリュフのフリッタータを作りました。




ちなみにトリュフのフリッタータは、卵におろしたトリュフと塩を加えてオリーブオイルで焼きます。



イタリアの伝統料理の中でトリュフを使ったものというと、ピエモンテの白トリュフを使ったパスタや目玉焼きあたりがよく知られていますが、黒トリュフとなると?

・・・。

イタリアの黒トリュフの伝統料理は、主に中部のリチェッタなのですが、今ひとつ思い浮かばないですねえ。

そこで、ノルチャの黒トリュフのwebページから、リチェッタをいくつか訳してみることにします。


まずは前菜。
原文はこちら

タルトゥーフォ・ネーロ・プレジャートのブルスケッタ Bruschette al tartufo nero pregiato
材料:
 スライスしたパン
 EVオリーブオイル
 にんにく・・1かけ
 赤唐辛子
 タルトゥーフォ・ネーロ・プレジャート・・100g
 骨を取ったオイル漬けアンチョビ・・1尾
 塩、こしょう

・トリュフは土をきれいに取り除き、細かくおろす。
・オリーブオイル1/2カップににんにく、唐辛子少々、塩、こしょう、フォークで潰したアンチョビを入れて熱し、にんにくに色がついたら火から下ろす。
・粗熱を取ってトリュフを加える。
・これをトーストしたパンにかけ、必要なら塩をする。



つぎはスパゲッティ。
原文はこちら

タルトゥーフォ・ネーロ・プレジャートのスパゲッティ Spaghetti con il Tartufo Nero Pregiato di Norcia
材料:
 スパゲッティ・・500g
 骨を取った塩漬けアンチョビ・・1尾
 タルトゥーフォ・ネーロ・プレジャート・・90g
 にんにく・・1かけ
 EVオリーブオイル・・100ml

・オリーブオイルににんにくを入れてソッフリットにする。
・アンチョビを塩抜きしてオイルに加え、フォークで潰して溶かす。
・トリュフを粗くおろし、火から下ろしたオイルに加える。
・すぐにゆでたてのスパゲッティにかけてあえる。
・イタリアンパセリやトリュフのスライスで飾ってもよい。




↓イタリアの食文化研究家で農学者のアウグスト・トッチ氏が教えるタルトゥーフォ・ネーロ・ディ・プレジャートのスパゲッティ。
上のリチェッタとまったく同じです。





もう一つパスタ。
原文はこちら

タルトゥーフォ・ネーロ・プレジャートとサルシッチャのタリアテッレ Tagliatelle con Tartufo e Salsiccia Tartufo
材料:
 卵入り麺のタリアテッレ・・500g
 生ソーセージ・・3本
 EVオリーブオイル
 タルトゥーフォ・ネーロ・プレジャート・・90g
 塩、黒こしょう

・オリーブオイルににんにくのみじん切りを入れてソッフリットにする。
・生ソーセージは皮をむいて崩し、オイルに加えて炒める。必要ならタリアテッレのゆで汁をかける。
・タリアテッレをゆでる。
・トリュフを粗くおろしてソーセージのソースに加え、1分なじませる。塩、こしょうで調味する。
・タリアテッレをソースであえる。



次はセコンド・ピアット。
原文はこちら

アニェッロ・タルトゥファート Agnello Tartufato
材料:
 子羊の肩肉・・1.5gj
 EVオリーブオイル
 フェンネルシード・・1つまみ
 ローズマリー・セージ・ローリエを束ねる・・2束
 赤ワイン
 黒トリュフ
 塩、こしょう

・肉を切り分け、オリーブオイル、塩、こしょう、フェンネルシード、香草1束で2時間マリネする。
・肉の油をきり、浅鍋で表面を焼く。
・赤ワインと残りの香草の束を加え、肉に火を通す。
・出来上がる少し前に香草を取り除き、トリュフをおろしながら加える。
・蓋をして数分置く。




香りが全ての白トリュフは、表面積が広くなるようにスライサーで薄~くスライスして、そのまま料理に散らすだけで、一日中香りの余韻が残るぐらい堪能できます。
一方、黒トリュフは香りだけでなく、歯ごたえも味わうトリュフです。
短時間の加熱もOK。
オリーブオイル、塩と一緒にすり潰してペーストにすることもできます。



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関連誌;『V&S』2009年4月号
“タルトゥーフォ・ネーロ・プレジャート”の記事の解説は、「総合解説」'08&'09年4月号に載っています。

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マリア・ルイジアの小さな街、パルマのバターとグラナの娘、アノリーニ。本物は牛と去勢鶏のブロードでゆでます。

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