2018年2月9日金曜日

ズッパ・アッラ・パヴェーゼとパヴィアの戦い

総合解説」2015年9月号のヴィジュアル解説です。
まずはフィーコディンディア・デッラ・エトナ。

これが栽培されていると知ったのは比較的最近で、フィーコディンディアは、シチリアでは道端にたくさん実っている野生のものを食べていると思い込んでいました。

フィーコディンディアの収穫
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フィコディンディアは、イタリアでもシチリア以外では見かけたともなく、こんなに栽培して誰が食べるのだろうと、若干心配になりますが、シチリアに最後に足を踏み入れてからずいぶん年月がたった昨今、画像を見ると、無性に食べたくなります。

次はパヴィアのグルメ旅から、パヴィアの名物料理、ズッパ・パヴェーゼ。
そもそもパヴィアはミラノの南にある、ポー河の支流のティチーノ河畔のロンバルディアの街。
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ズッパ・アッラ・パヴェーゼ
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一見するとスーパー簡単なスープです。
ブロードを作ってあればですが。
このシンプルなスープは、フランスの王様、フランソワ1世のために、レペンティータ農場の農婦が、あり合わせの材料を使って考え出した、という話が伝説となって語り継がれています。
このフランスの王様、スペインの王様で神聖ローマ皇帝のカール5世と戦ったパヴィアの戦いで敗れて捕虜になり、1年間の捕虜暮らしの後でフランスに戻って、フランスの宮廷に、パヴィアの美味しいご馳走としてこのスープを広めたのでした。
この話は、後のパヴィアの人たちにとても気に入られて、伝説となりました。
戦いがあったのは1525年のことです。
そして約500年後の2015年、ロンバルディアの公式伝統料理に認められました。
ロンバルディアの人々に、かなり愛されている料理ですね。

スペインのテレビ局によるパヴィアの戦いのドラマ化
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スペイン人に取って、フランス王が捕虜になるって、ネタとしては抜群のインパクトだったのでしょうね。
王様が捕まるところで終わってますが、この後に、ズッパ・パヴェーゼが登場する場面があったに違いないです。

これも、地元で食べたい料理。
パンと卵に熱々のチキンのブロードをかけたスープなんて、何の変哲もなさすぎて、特に食べたいとも思わなかったのですが、地元では人気のようで、何か特別な秘密があるんじゃないかと思ってしまいます。



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 “エトナ山のフィーコ・ディ・インディア”と“グルメガイド~パヴィア”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2015年9月号に載っています。
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バッカラはノルウェーとイタリアを結ぶ干物貿易の主役で、この航路は1450年作成の世界地図にも記載されるほど重要でした。

(CIR12月号)によると、ヴィチェンツァでは、この料理はCが1つなんだそうです。普通はバッカラはbaccalàでも、ヴィツェンツァでは、Cがひとつのバカラ。んなばかな、と思ったけど、地元のこの料理の専門家たちは、C一つで呼んでました。会の名前の刺繍もC一つ。リチェッタはP.11...